「温暖化の悪影響は本当か?危機感煽るIPCCの環境影響評価 不十分な科学的根拠」記事のホントのところ

はてな記法を忘れた頃にネタを見つけるようです。
今回の元ネタはこちらWedgeという雑誌は立ち位置がよく分かりません。基本的には保守系懐疑論の記事を載せるんですが、Wedge選書では住明正の本を出していたりもするので。

結論の要約

4つの論点について、妥当1・言い分も理解はするが妥当とは言えない1・ミスリーディング1・大間違い1、というのが私の見立てです。なぜ専門外に手を出してこんなハイリスクな文章を公開してしまったのか、少し疑問です。

本文

著者の杉山大志氏は電力中央研究所の人で、IPCC第5次評価報告書の第3作業部会(以下AR5 WG3とそれぞれ表記)で統括執筆責任者(複数居る中の一人)もやっている人です。WG3は緩和策、つまり温室効果ガスの排出を減らす技術・方策を検討するグループです。エネルギーの研究者ですからここに関わるのは当然ですが、Lead authorとなると大物です。
しかし今回彼が俎上に載せたのはWG2、気候変動の影響や適応策の報告書でした。「最後に、筆者は、地球温暖化は起きており、それが人為的な温室効果ガス排出によること、およびそれによる一定のリスクを否定するものではない。」と文中に書いているとおり、惑星科学としての人為的気候変動や、またそれがリスクを有することに関しては異論が無いことを明記した上で、個別のリスクの評価が怪しいのではないかというのが構成になっています。ではその議論を順に見ていきましょう。

専門家判断

まず出てきたのはSPM囲み記事1の図1について。これはもともとWG2 図19-4から引かれたものです。この図が専門家判断に拠るところが大きいのは確かなのですが、この図は全球平均気温の上昇幅に対する地球全体でのリスクを示した、ものすごくおおざっぱな図なのです。なぜこのようなある意味乱暴な図が必要かというと、気候変動枠組条約が「気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極的な目的とする」と謳っており、温室効果ガスの濃度という全球的な目標を設定するための分かりやすい指標を作る必要があるからです。これはちょっと、「科学的な証拠」を個別に見ていこうとすると専門家以外には判断のしようがないほど大づかみな指標ですから、トートロジーが入りますが、一言で専門家判断だと言うほか無い性質のものでしょう。この指標の妥当性を判断できるなら、それはあなたももう専門家だ、という領域です。
一つ混ぜっ返しをいうならば、たとえば後でも出てくる確信度については、筆者もWG3の執筆時に使っているはずですが、これも専門家判断でランキングする類のものです。曖昧な指標だと念頭に置きつつ、それでも活用せざるを得ないというのが本当のところでしょう。

生態系への影響

科学的にはここが一番のツッコミどころでした。説明の図を下に用意してみました。
気温が上昇すると、北半球では生物種の分布の南限と北限が北上します。生物もこれに対して適応的に北上しますが、その速度が遅くて南限が個体群を追い越してしまった場合、その生物種は生存や繁殖が極めて難しくなり、絶滅します。しかし下の図に描いたように個体群の分布には南北にある程度の広がりがあるので、気温上昇が生物を絶滅させるかどうかは気温上昇の速度と累積値の両方が関わってきます。気温上昇が急でも総量としてさほど変化がなければ生き残れますし、気温上昇幅が大きくてもゆっくりとした変化であれば、北極より行き場所がなくならない限りはその生物は絶滅しないでしょう。

翻って、全球平均気温の上昇幅は、産業革命前と比べて大体1℃程度であり、大方の生物種がまだ絶滅していないのは、上の図の最終段階には達していないからだと考えられます。たとえば日本ですと、ブナ林は2100年頃には本州からほぼ消滅すると考えられていますが、そういうスパンでの話ですから、1970-2010年の気温上昇だけを考えても正しい結論は得られません。

漁獲への影響

この図は、定量的には確信度が低いとは確かに本文に書かれているものの、その傾向については中程度の確信度(medium confidence)と書かれています。また乱獲はこの図の状況をより悪化させることはあっても、取り締まりが厳しくなったとしてもこれより状況が良くなるということは無いような図ですから、考慮すべきという意見にもあまり賛成は出来ません。

農業への影響

この図に関しては筆者にかなり賛成で、確かに良くない図だと思います。

結び

国の気候変動政策にも影響のある立場の人がなぜこれを書いたのか、という事については多少の邪推を禁じ得ないところですが、ともあれ書かれている内容は素直に書かれたと言うよりは少し印象操作の感じを受けます(特に専門家判断と漁業の話題について)。