IPCCとその科学に対する無理解

結論の要約

著者はIPCCの科学に関する重大な誤解をしています。「ホッケースティック曲線」は古気候学の成果であって最近の気温変化について述べたものではないですから。また筆者はIPCCそのものについても正確な知識を持っていません。

本文

 前回の続きです。そもそもホッケースティック曲線は「近年の気温上昇」の証拠としては扱われていません。Mannらの研究は古気候学、つまり過去に気温がいつどの程度変化したかを対象としています。彼らは何しろ、1960年代以降は再現性が低いので機器計測の気温を代わりにグラフに載せたぐらいですから(もっともこの行為は批判されるべきものだったと思いますが)、近年の気温上昇の証拠というのは明らかに機器計測の結果によるべきですし、実際にAR4ではそうされています。古気候学はAR4第一分冊の第6章、近年の気温等の観測結果は第3章で扱われている事にもご留意下さい。
 古気候学をIPCCが取り扱っている理由はここ100年ほどの気温上昇を証明するためというよりは、むしろ過去の気候変動とその影響を調べることで将来予測に役立てる為です。つまり、ホッケースティック曲線を論難することに重点を置いている懐疑論は、気候変動の科学の構造を理解できていないと言って良いです。理解できていないのに有意義な批判が出来るかというと、大変に疑問です。

 近年の気温について古気候の研究を持ち出して議論するのが妥当でないのだとすると、図0-2のグラフの見せ方はおかしいですね。2000年付近について機器による計測の結果を載せていない。IPCCのグラフの「機器による観測」には、近年の急速な温暖化がはっきりと現れています。とはいえこのデータセットはCRUによるものですから、クライメートゲートを大々的に取り上げる趣旨ならばそれは信頼できないと考えるのも、理屈としては理解できないでもありません。

 さてそこで。4ページ「実はCRUは(中略)IPCCの科学部門を統括する、公正な権威ある機関だとされて来たのだが(後略)」という記述について。まず「IPCCの科学部門」というのが一体何を指すのか分かりません。それ以外にどんな「部門」があるのでしょうか。組織図のどこに相当するのでしょうか。IPCCの議長さえも科学者であるというのに?統括というのがたとえば事務局の事であれば、国連の世界気象機関がこれに相当しますし、IPCCに3つある作業部会の技術支援ユニットのいずれもCRUにはありません。IPCCの現議長であるパチャウリもインドの研究者であってCRUに属しているわけでもありません。この文章は、「気候変動に関する政府間パネル」とは別のどこかのIPCCについて書かれたものなのでしょうか。いいえ、結局、「クライメートゲート」を事実以上に重要視させるために、こき下ろす前段階としてやたらとCRUを権威付けをしてみただけだと結論づけるほかありません。
 ついでにこの著者がIPCCの事をよく知らない事が分かる例をもう一つ。図0-5で3つの作業部会の下に「タスクフォース 各国における温室効果ガス排出量・吸収量に関する計画の運営」と書かれていますが、これが何をする組織か理解できた人はいないと思います。これは最小限の訂正を入れるとすれば「各国における温室効果ガス排出量・吸収量に関する報告の方法論の策定」とでもなりましょうか。マイナーなので確かにIPCCに関わっている人でも全員が正しく理解しているかはちょっと自信が無いですが、とはいえ批判したいならもうちょっと勉強しておくものではないかと思います。

 その上で、特にここ100年の(=実測に基づく)全球平均気温について、AR4がどのデータセットに依拠しているかを見ると、主にCRU/Hadley以外にはNCDC、NASAそれからLuginaらの研究、となります(このリストはAR4第一分冊第3章のTable 3.2にあります)。これらはいずれも元データは各国気象庁の記録ですのでほとんど共通で、あとは地域の重み付けの手法が異なるということになります。ですからいずれのデータセットでも結果は大同小異。CRU以外のデータセットからも同等の結果が得られている以上、たとえCRUのデータセットが無効であると主張したとしても、著しい温暖化が起こっていることは否定しようがありません。最近の気温が少なくとも「中世温暖期」よりも0.5℃近く高いという事実を隠したいからという以外に、これを見せなかった理由はなさそうです。

本書31ページ「『先に結論ありき』という逆立ちした『科学』」とは、一体誰に対する批判なのでしょうか。