割合まともな部分もある。

結論の要約

古気候学を含むいくつかの学問分野に関する限り、著者の認識はかなり正しいと言えます。ただし、天文学系の話題で「よく一致している」などと言っている部分については、時間スケールが実際の気候のタイムスケールより大づかみではないかと思われるケースが多いので、あまり信用しない方が良いように思われます。

本文

 序章だけで大変つっこみ甲斐のある本書ですが、実は第1章は意外にまともな部分が少なくありません。古気候研究についての説明は基本的に正しいと考えて構わないレベルです。たとえば70ページに書かれている、歴史的な気温の変化がCO2濃度の変化に先んじている傾向があり、その遅れがおよそ800年であるというような記述についての文献調査など、AR4のフルレポートよりも詳しく書かれています(もちろんAR4でも同じ論文を参照しており、このことはこの部分を読んだ人は概ね知っています)。どこかの素人懐疑論者が涙ぐましい努力で示そうとした事よりもずっと信頼性が高いです。
 気候変動について勉強している人が、もし何か懐疑論について1冊読みたいのであれば、本書をお薦めすればその辺りの基礎知識も身について便利そうだ、と思います。どこまでが正しくてどこがおかしいか区別が付きにくいかも知れませんけども。さすがに学部時代によく勉強された分野であるだけのことはありますし、逆張りしか能がないどこかの某有名教授に比べてキャリアに差が出た理由もよく分かります。

 しかし、個々の論文の理解に関しては良いのですが、それらの取捨選択となると、IPCCが間違っているという先入観のためか、かなり怪しくなってきます。
 この著者は、いくつかのグラフを並べて「良く対応している」というような評価の仕方を頻繁にしています。しかし、時間軸が数千年単位ならばともかく、それより長いものについてはあまり意味のある比較ではないはずなのです。
 これは3つの理由によります。

  1. 気候システムは一般に、条件の変化に対応するのにそこまで長い時間は掛からないだろうという事。つまりぱっと見では似たようなグラフであったとしても、実際には数千年以上のタイムラグがあったとしたら、その両者に直接の因果関係はない(単なる相関関係である)可能性があるという事
  2. 時間の解像度がそれだけ荒くなって、両者を比較できる程の精度があるか疑問であること
  3. なにより、そのようなおおざっぱな時間解像度では把握できないようなイベントが、人類や生態系にとっては十分に影響を与えうるということを失念しているためです。

 また、あまり大きな事ではないですが、明らかな事実誤認などもこの章にもあります。
 図1-5を見ると、最近の平均気温は黒点の数から予想されるよりずっと高くなっていることが示されています。これはむしろ、近年では太陽以外の影響が大きくなってきている可能性を示唆するようなもので、この図を出しちゃって良かったんですかねぇ…?
 次にキーリング曲線(図1-6)で、夏にCO2濃度が高く、冬に低くなっている理由として海水温と関連づけた説明をしていますが、これは主因ではありません(いくらかは効いているかも知れませんが)。このような物理化学的な濃度変化はこんなに早く起こりません。この季節変動は主に、陸上生物の活動と関連づけられています。生物の炭素プールは意外とバカにならないのです。もちろん、氷期間氷期サイクルぐらい長期間の変動については、海水温が主な駆動力になっているのは確かです。そこは区別する必要があります。
 それから、この曲線を見いだしたキーリングに関してはちょっと補足しておく必要があるでしょう。筆者は「(略)二酸化炭素の増加が温室効果によって温暖化を引き起こしているという主張に対しては慎重な態度を崩さなかった」などと紹介していますが、彼はもともと、二酸化炭素濃度の増加による温暖化を危惧したレベルという上司の下で、連続的なCO2濃度の測定技術を開発するという研究をしていたのですから。
(この辺りの経緯はこちらもご参照下さい)

 それから最後に。歴史的な気温の変化がCO2濃度の変化に数百年先んじている傾向は基本的に一貫しています。このことは、気温の変化がCO2濃度の変化を引き起こし得るということを示しています。しかしこれは、CO2濃度の変化が気温の変化を起こしたりはしないという論証には、当然ながらなっていません。
 始新世高温期(MECO)という時期が約4000万年前にありました。このイベントの場合、どうもCO2濃度の変化が気温の変化を起こしたと言えるようです。気温の変化が原因で大気中に放出されるCO2は、海水に含まれていたもののはずです。ところがMECOの時のCO2を調べてみると、どうもそういったものとは違って、地質由来のものが大気中に放出されたようなのです。つまり、このときの大気中のCO2の濃度変化は、気温の変化によって生じたものではなかっただろうと考えられます。そして、CO2濃度の変化は気温の変化を起こし得ないと考えるには、ちょっとこの両者の挙動が対応しすぎている。
 CO2濃度の変化が気温の変化を起こした事も、実際にあったのですね。
Science 5 November 2010: Vol. 330 no. 6005 pp. 819-821